最近、テレビや雑誌、SNSなど多くのメディアで取り上げられることの多いSDGs(Sustainable Development Gals;持続可能な開発目標)という言葉。耳にしたことがある方も多いと思います。
SDGsとは、2015年にニューヨークの国連本部で開催した持続可能な開発サミットで採択された「誰一人取り残さない(leave no one behind)持続可能な社会の実現を目指す世界共通の目標」で、2030年を達成年限とし、17の目標と169のターゲット(目標事項)で構成されています。
今回は社会課題解決に向けて活動をされている一般財団法人コペルニク共同創設者・CEO中村俊裕様に、360度カメラRICOH THETAの活用事例と360度の価値についてお話を伺いました。
【中村俊裕様の自己紹介】
主に大阪と京都で育つ。キャリア前半は主に国連開発計画(UNDP)で経験を積み、東ティモール事務所、インドネシア事務所、シエラレオネ事務所、ニューヨーク本部などで勤務した。2010年に途上国の課題をより効果的・革新的に解決することを目指すコペルニクを共同創設。大阪大学COデザインセンター招へい教授も兼務。最近の週末はフラメンコギターの練習に勤しんでいる。
インドネシアのスマトラで縫製を行う女性グループと
―まず初めに、コペルニクがどのような活動をされているのかご紹介いただけますか。
創設当初は、主にベンチャー企業が開発・製造していた途上国向けのテクノロジーを、クラウドファンディングや企業などの資金を使って、必要としているラストマイルの村々に届けるという活動をしておりました。その後、より大きなインパクトを出そうと、直接のサービスデリバリー中心の活動から、ここ5年ほどは、システムチェンジのレベルでの活動に軸足を移しています。途上国の様々な課題に対して、解決策になりそうなアプローチをテストし、結果を広く共有する「途上国課題解決のR&D」としての活動をしています。具体的には、農作物の乾燥のプロセスを効率化するソーラー乾燥機を試したり、企業が新たに開発するマラリア・デング熱予防の製品を現地でテストし市場化につなげるお手伝いなどを行ったりしています。
コーヒー豆の乾燥実験中
―なるほど。いろいろな技術や商品を取り入れながら多様なパートナーと社会課題の解決に取り組まれているのですね。ところで、そもそも中村様が社会課題の解決に取り組みたいと思ったきっかけや、コペルニクを設立しようと思った経緯、想いなどを聞かせて頂けますか?
私が社会課題に関心を持つようになったのは家庭環境の影響が大きかったのだと思います。父が、裁判官から検察官、弁護士と、司法に関わる仕事をしていたこともあり、殺人事件や麻薬所持などの犯罪をニュースの向こう側の出来事としてではなく、日常の中で意識することが多く、必然的に社会課題の解決に貢献する仕事に関心を持つようになりました。
一方、父の仕事は、その対象地域が都道府県に限られており、学生だった私にはスケールが小さく感じていました。もちろん、今となってはスケールの大小ではなく、社会課題を解決していくということがとても大切で価値があるのだと分かるのですが、高校生の頃の私にはその辺りがまだ理解できていませんでした。そんな中、国連では緒方貞子さんのように、世界で活躍する日本人が出始めていて、次第に「私も国連で働きたい」と思い始めました。
高校生時代に「将来は国連で働く」ことを決め、イギリスの大学院を卒業した直後に幸いにも国連でのインターンや契約での仕事をする機会を得たのですが、国連職員として各国の現場で仕事をする上で、民間での経験は有用だろうと思い、一旦民間企業で働き、その後改めて国連で働くことになりました。
国連時代、同僚とNYで。2005年頃
2002年に東ティモールに赴任後、2004年にスマトラ沖大地震が発生し、その復興支援のために国連職員としてインドネシアで2年ほど駐在し、その後アフリカのシエラレオネなどで仕事をしましたが、徐々に国連という場の外で新たな国際協力の活動が出来るのではないかと思い、コペルニクを立ち上げるに至りました。
社会課題を解決するにはその課題に関わる多様なステークホルダー(利害関係者)のそれぞれの強みを生かして解決していくことが大事ですが、公共機関である国連では、当時まだ民間企業とどうやってパートナーシップを組んでいったらいいかを模索している時代でした。一方、途上国の社会課題の解決に貢献する技術や商品が、ベンチャー企業を中心とする民間企業から出始めていました。途上国支援を行う団体が、民間企業などを含む多様なパートナー関係を築くことが出来れば、より多くの社会課題をより良く解決できるのではないか。国連で学んだことを活かしつつも、公共機関に閉じこもっているだけでは出来ないことをやろうと思い、国連を退職し独立することを決めました。2009年にコペルニクをまずアメリカで法人化し、2010年から本格的に活動を始めました。
国連時代、東ティモールで。
―リコーと中村様とのお付き合いと言えば、2011年頃、リコーの新入社員研修の中で「社会課題を解決する技術やビジネス」をテーマに中村様に講演をして頂いたことがありましたね。あれはコペルニクの創業間もない頃だったのですね。それ以外にも、リコーのある事業部門で取り組んだ「社会課題を解決するビジネスを探索する」プロジェクトでは、事業部門が新規事業を開発するための途上国でのフィールドワークにご協力いただいたりしていました。最近はSDGsを耳にすることが増えましたが、中村様のお仕事の中で、世の中がSDGsの意識が高まっていると感じますか?
以前からもSDGsに取り組む企業、団体はありましたが、確かに近年は以前よりもSDGsへの関心は高まっていると感じます。多くの企業や大学で社会課題を理解し、その解決方法を検討するような取り組みが増えています。企業が「社会課題を解決するビジネス」を創出することは、企業にとって新たな市場の開拓でもあり、社会的責任を果たすことにも繋がります。そのためのワークショップや社会課題に対するレクチャーを依頼されるケースも増えています。
ヤンゴンでワークショップをファシリテーションしている様子
―今回、コペルニクでは360度カメラRICOH THETAで撮影した360度動画を使って社会課題の現状を伝える「VR for SDGs」というWebサイトを立ち上げられましたが、「VR for SDGs」を立ち上げた背景や目的を教えてください。
もともとリコーさんとは付き合いがあったこともあり、THETAについても知っていましたので、これを何かに活用できないかな、と常々考えていました。
そんな中、2017年頃、ソーシャルセクターが集まる国際会議でプレゼンテーションする機会があり、そこでTHETAで撮影した360度映像を見せたことがあったんです。すると、とても反響が大きく、「社会課題を理解する」ツールとして非常にマッチすることが分かりました。
国際イベント登壇の様子
社会課題を理解するには、課題にフォーカスした切り取られた写真だけでなく、その場の全体の景色から得られる雰囲気を感じて、理解を深めていくことが大切です。本当は現場に出向いて体感することが一番良いのですが、2020年半ばからのコロナ禍で、フィールドワークをすることが難しくなりました。そんな中、オーストラリアのメルボルン大学から「フィールドに行く代わりに、360度動画で撮影した社会課題のコンテンツを使って授業が出来ないか」とリクエストがありました。試しにコペルニクプロジェクト関係のいくつかの360度動画を使って授業を行ったところ、360度動画であることで理解が深まり、よりよい学びに繋がるとコメントをいただきました。それが後押しとなり、360度動画でSDGsを理解できるプラットフォームとしてVR for SDGsを立ち上げることにしました。
―このVR for SDGsに掲載されている360度動画で、例えばSDGs11の目標「住み続けられるまちづくりを」では、ごみ問題を取り上げた360度動画が掲載されています。
この動画ではどのようなところが見るポイントですか?
この動画では、ごみが街で捨てられている様子や、埋め立て現場の様子が出てきますが、360度動画であることによって、場所の規模感やごみの量、現場でごみ拾いをする人々の様子などが現実感を持って伝わってくるのではないかと思います。実際バリ島での中央ごみの埋め立て場所は、既に処理能力以上のごみが集積されてしまい、最近村々で各自に処理するよう条例が出ました。
―なるほど。360度である価値があるのですね。VR for SDGsでどんな波及効果がありますか?
そうですね。360度動画を見て社会課題を知る・学ぶ、というだけでなく、THETAを使って自らが社会課題の現場を撮影する、という流れが出始めています。「360度で撮影したいと思う社会課題の現場を探し、それをどう伝えたいからどのようなアングルで撮影するか」というプロセスが学びとなります。既にいくつかの学校で実践され、新たな問い合わせもきています。
インドネシアで遠隔地のプロジェクトをモニタリングする道のりをTHETAで撮影
―そのようにTHETAを使っていただき嬉しく思います。社会課題の現場をTHETAで撮影するにあたり、良いところ、改善して欲しいところがあったら是非教えてください。
THETAはスマホと連携して操作が出来るところが使いやすいと思います。デザインもシンプルで非常にカッコいい。一方、三脚や自撮り棒があって初めてきれいな映像が取れるのですが、THETA本体だけを購入して、いざ使うとなった時に三脚が無く、結局本体を握る手が映像に入ってしまうということが何度かありました。なので、ミニ三脚が本体に内蔵できないかなあと思っています。ストイックなデザインが損なわれてしまうかもしれませんが。
インドネシアで雨水を溜め浄化するテストをしている様子をTHETAで撮影
―他に、社会課題解決に向けてどのようなことでTHETAが貢献できそうだと思いますか?
360度映像を撮った後、コンテンツを観るというプロセスで、実際にはVRグラス・ゴーグルを持っている人が非常に少ないために、せっかく360度で撮った動画の没入感が薄れてしまうということもあります。ゴーグルや音響などすべての設備が整って、360度動画や写真を没入的に体感でき、またワークショップなどにも使える「THETA広場」のような場があればもっと多くの人に360度映像の良さが分かってもらえるのかなと思っています。
―最後に、中村様の今後の展望について教えてください。
コペルニクでは年間30以上の実証実験やプロジェクトを行っているのですが、その中で、これは結構課題解決に効果があるな、とか関わったチームがのめりこんでプロジェクト終了後も活動を続けたいというケースが多く出てくるようになりました。そういったプロジェクトをコペルニクからスピンオフさせて、コペルニクの姉妹会社・姉妹団体として独立して活動を続け、インパクトをさらに出していく「ネクストCEOプログラム」という制度をつくりました。
既に1団体、1株式会社がスピンオフしており、来年はさらに一つの会社がコペルニクのバリ人スタッフをリーダーに独立する予定です。これは、Magi Farmという会社で、もともとはコペルニクが2019年に行った、鴨への餌にブラックソルジャーフライの幼虫を与えるという実証実験が発端になりました。レストランやホテルから出る余剰の食べ物を餌にブラックソルジャーフライを飼育し、栄養価の高いブラックソルジャーフライの幼虫を養鶏・養鴨での餌にする会社です。食の分野でのサーキュラーエコノミー構築への貢献を目指しています。
Next CEOプログラムに採択された、ソマさんのピッチと、ブラックソルジャーフライの幼虫が生ごみを食べている様子
VR for SDGsやネクストCEOプログラムも含め、途上国の社会課題解決を、さらに効果的・革新的に解決していくために様々なパートナーと一緒に色々試していきたいと思っています。
―社会によりインパクトある活動が始まっていて素晴らしいですね。社会課題を解決する現場でもTHETAが引き続き活用されることを願っていますし、我々も皆さんに長く使って頂けるよう、より良い製品作りをしていきたいと思います。
(インタビュー:中本)
【関連URL紹介】
・リコーとコペルニク連携リリース記事
リコーとコペルニク、国連ボランティア計画と連携し、社会課題現場の情報コンテンツを拡充